山車
宝物

山車  福禄寿車

延宝4年(1676)の製作で人形は住吉町住人・山伏多聞院の作。のち明和4年(1768)人形師竹田寿三郎がからくりを改良し、一人の唐子は団扇太鼓を打ち、今一人は蓮台に左の手をつき逆立ちとなり、頭をふりながら右の手で摺鉦(すりがね)を鳴らす。麾振り(ぼうふり)はその当時異様な風体をした塩売男を移した珍しい人形。5月の若宮八幡社の例祭(若宮まつり)と、十月の名古屋まつり(10月第二土曜、日曜日)に協賛して曳きだされています。


<名古屋文化財指定>

若宮まつり

 若宮まつりは名古屋総鎮守、若宮八幡社の例祭であって、名古屋三大祭りの一つとして有名で毎年新緑の若葉薫る5月15、16日の両日に亘って行われる。

 若宮まつりはその昔は祇園まつりと称し、本祭の当日の山車行列は、

  • 末広町    黒船車
  • 中須賀町   寿老人車
  • 大久保見町 福禄寿車
  • 住吉町    龍神車
  • 門前町    陵王車
  • 玉屋町    西王母車、布袋車
  • 車之町    唐子車
  • 茶屋町、外堀町   大車楽(だんじり)2輌
からくり  天王社(今の那古野神社)と共に6月15、16日に大祭を行い以上全部の山車を曳出され市内一般に笹提灯を飾ってその壮観は東照宮の名古屋まつりと共に有名でした。明治の始め市内各神社の氏子区域を定めることになり、天王社は大祭を7月15、16日, 広小路以北を氏子区とし、若宮は大祭を5月15,16日広小路以南を氏子区としたので祭りも従って分離し、明治32年に神輿渡御が再考、各町から甲冑武者その他の行列が供奉し黒船車を先頭に寿老人車、福禄寿車、龍神車、陵王車の五両の山車が曳出され、若宮境内には高さ三丈の大提灯を始め各町に提燈尾形を建て並べ盛観でした。昭和20年戦災に依ってほとんどが焼失しましたが幸い福禄寿車が被害を免れ今は古典的文化財として昭和25年から各町交代で大祭に曳出されました。しかしその後交通事情等により昭和38年を最後に中断されておりましたが、昭和60年の大祭より御神幸を復活、20年ぶりに神輿渡御、山車奉曳が那古野をお旅所として古式床しい時代絵巻をくりひろげ往時の若宮まつりを再現しております。
[大須今昔][からくり人形][若宮八幡社][大須の街角(若宮祭)]


<参考ホームページ>

若宮祭
尾張の山車祭り(本館)から福禄寿車の詳細な紹介です